のらりくらり日記

世の中のいろんなことにひっかかりつつ流される備忘録。好きなものを好きといってるだけ。過去の観劇日記もこちらに置いてます。科学系の話も少しだけ。

思い出す人がいる。

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 思い出す人がいる。

 私は大学生だった。私がいた学部は女子が少なくて(多分今も少ない)、少ないと結構みんな顔見知りになるし、仲良しにもなった。学部の性質上だろうか、なかなか個性的な人々であった。

 そんな私たち全員が好きだった学生がいる。好きだったというのは恋愛対象としてではなく、人間として好きな人、という意味である。挨拶する程度だったが、みんなでキャッキャした。理由は簡単で、学部内で唯一彼だけが私たちをお姫様扱いしてくれたからだ。

 当時の理系学部には珍しく、私の学部にはたくさんの留学生がいて、彼はそのうちの一人だった。ちなみにケニアの方々やモンゴルの方々にも優しくしてもらった。いいひとたち…。

 お姫様扱いしてくれる彼の名前を一度聞いたが、私は覚えられなかった。他学科で関わりがほぼなかったこともあるが、聞いた名前がとんでもなく長かったことも理由の一つである。多分他の子たちも知らなかったのではないだろうか。というわけでここではアリヤさん、としたい。

 学部内での私たちはよく大荷物を抱えて6棟ある広大な敷地内を行ったり来たりしていた。大体私たちはボロボロかヨレヨレだった。

 そんな私たちに行き会うと、アリヤさんは自分がどんなに大荷物を抱えていても、必ず自分の荷物を置いて扉を開けてくれたり、荷物を一緒に運んでくれたりした。しかも笑顔付きだ。プライスレス…。なにこれ…突然のプリンセス感。夢…?

 たまたま近くにいて、とか気まぐれで扉を開けたり荷物を持ってくれる人はいても、毎回ヨレヨレボロボロの私たち女子に必ず気づいて優しくしてくれる人はいなかった。

 そういう国で生まれ育ったのだろうけれど、そのちょっとした行動はそれだけでできることではなかったろうし、ぼろぼろよれよれの私たちには超癒される出来事であったし、心を救われる出来事でもあった。

 そんなアリヤさんが大学生でも大学の職員でもないことを、私は情報通の友人から聞いた。

 元々は留学生として日本にやってきて、何年も帰れなくなっているのだという。

 研究生という名目で、教授が身元保証人になっているらしかった。

 彼の出身地はユーゴスラビア。民族間の内紛が絶えない土地の、もはや存在しない国。当時もまだ落ち着かない情勢だったから、帰国が困難だったのだろう。…そもそも帰る国が消えてしまった場合、どんな手続きになるのか私には見当もつかない。

 

 彼は無事、名前の変わった祖国に帰ることができたのだろうか。

 無事、家族と再会できただろうか。

 

 紛争や戦争のニュースを見ると、アリヤさんを思い出す。

 なす術がなく、祈ることしかできないけれど。

 

 穏やかで優しい日々が一刻も早く戻ることを心から願っています。