のらりくらり日記

世の中のいろんなことにひっかかりつつ流される備忘録。好きなものを好きというだけの日記です。過去の観劇日記などもこちらに置いとく予定です。

2018年4月、去年はまさみで今年はさとみ、という贅沢。舞台「密やかな結晶」

 先月近くにできたホールに舞台を観に行ったのです。
 小川洋子原作、鄭義信脚本演出、石原さとみ主演、村上虹郎鈴木浩介ほか。

「密やかな結晶」

フォト

 追加公演、アフタートーク付き。そりゃ行くがな…!
 というわけで、急遽観てきた2階席。


 ホールがまだできて間もないのでなんだか木のヨイニオイがする…よきかな。

 あらすじは、
 ものの「記憶」がその感覚や印象と共に一つずつ消えていく島での物語。小説家の主人公(石原さとみさん)はおじいさん(と呼ばれているが全然若者。村上虹郎くん)と住んでいる。始めにバラが消えてから、香水が消え、小鳥が消え、そして本が消える。

 そんな中、編集者の「R」(鈴木浩介さん)は、数少ない記憶を失わない能力者。秘密警察による「迫害」によってその身が危ない「R」を主人公は「おじいさん」と共に匿おうとする。
 しかし匿っている間にも一つ、そして一つと大事なものたちが記憶や感覚と共に消えていき、やがておじいさんも。
 そして主人公も、感覚を失い、記憶や言葉も…恐れながら意識を失う主人公。
 Rは一人。ただ、何もかも失われた島にやがて最初に消えた薔薇が戻ってくる…。
 

 主人公の、記憶が消えていく恐怖と、記憶保持者への羨望、そしてRへの愛。
 おじいさんの、主人公である「わたし」への献身的な「愛」。
 Rの、失われていく記憶と「人」の中で唯一失われない記憶を持ち、くずれていく世界を何とかくいとめたい愛。
 秘密警察のトップが密かに守ってきた「愛」

 どの立場もつらいなあ。
 
 
 消えていく謎も「おじいさん」の存在の謎も何一つ理由などは説明されなくて、
 それでも砂時計の砂のようにさらさらととめどなく消えゆく記憶と「存在感」がただひたすらせつない舞台だった。

 アフタートークでは、きっといっぱいこの舞台の物語について考えたであろう石原さとみさんが、
「おじいさんはアンドロイド説」というのがファンレターにあったよ」というのを受けて、
「私、きっとおじいさんだけが不死身みたいな感じで、ずっと繰り返される世界で主人公を見守っているんじゃないかな・・・とか思っている」
 
 って言ってらしたのが印象深い。多分とても考える人なんだろうなあ。
 あと、
 鈴木浩介さんの地元(と言っても彼の地元は相当北部だが)だったために、
「今日高校時代の先生がね、観に来てくれてるんですせんせーい!」
 って言ったのに、意味もなくメチャキョドった私です。いやどう考えても彼を教えてはいないのだが条件反射的にびびった。あーこわいこわい。

 3階席にいらしたようで、「わーすごいところに…!」と言われていらした。
 ちなみにアフタートーク(3人)も面識ないのに先生にご挨拶。ほほえましい。

 そして、「私だってね、昨日は就職してこっちで働いている仲良しの友達が来てくれてたんだからね!!」って意味もなく対抗している石原さとみのかわいらしさよ…!ほほえましい。
 2階席で観たからなのかなんなのか、石原さとみさんは良い意味で、がんばりやさんで勉強熱心な普通の女の子に見えました。とても良いと思う。好感度高い。

 昨年の舞台「キャバレー」(長澤まさみさん)は、舞台の性質もあってか、登場するとぱっと明るくなるような感じがあって、華のある役者さんだなあ…!と思ったのだけど、石原さとみさんはもっとナチュラルな感じにワタシの目には映りました。どちらも良い。良いものみた…。

 
 ちなみに「密やかな結晶」はいろんな解釈の仕方があるだろうな、というまあ謎多き舞台だったのですが、私は、

 たくさんのものが失われ、やがて主人公の「わたし」も意識を失ってしまう(眠りについてしまう)のだけども、その後、最初に失われた薔薇が戻り、小鳥が戻り…そして長い長い年月をかけてついに目覚める主人公、しかし目覚めた主人公は「ものが失われていた時代」の記憶をそっくり失っており、そしてそばにいた男性(泣いている)に尋ねるのだ。

「あなたはだあれ?」

 彼はメガネを取り、静かに涙をぬぐってから答える。
「私は……『おじいさん』です」

 そして彼はそれからも彼女に仕えながら黙って待つのだ。「おじいさん」として、彼女が「自分」を、「愛」を思い出すときを。


 みたいな感じかな・・・と思いました。
 これでまた「R」みたいな人が現れて主人公と恋に落ちちゃって…ってなったら…おじいさんが切なくて泣くなあ!(妄想で泣かない)


 あと、虹郎くんがとても歌が上手だった…きみ…歌をもっと歌うといいと思うよ…!
 そんでアフタートークで石原さんが「にじろー」って呼んでいらっしゃるのも可愛かった。おねえさんなんだなあ。
 客席のあちこちに座ってどんな聞こえ方、見え方をするか確かめた、って言うていらした石原さんも頑張り屋さんな感じが良い。仕事にひたむきだし仕事が好きなのがとてもよくわかる。
 舞台が好きだと言っていらしたので、また私も観てみたいなと思いました。

 舞台観劇から一か月以上空いてしまったので、感想雑ですみません。
 ストーリーはちょっと難しかったし、ハッピーエンドでもない舞台でしたがとても面白かったです。
 一か月たってもやっぱりちょっと思い出して考えてしまうくらいには。
 また観たいです。
 

2018年4月。リカちゃん展にも行っていたんだよ。

 パディントン展のその前の週だったかにはリカちゃん展にも行ったのだった。

 すごい、リカちゃんだった(続 コメント下手)

 あっち向いてもこっち向いてもリカリカリカ。リカちゃんがあの理科の(ダジャレじゃない)ガラスドーム…えーとあれだ、「美女と野獣」で赤いバラが入ってるやつ、あれに一体ずつ入れられてて年代順にずらっと。

 お洋服もパンクだったり着物だったりドレスだったりあれもこれもすごい、

 リカ、何を着ても似合う女。

 ちなみに一体ずつ顔が違うと言われているが、1年でも相当顔が違っていて、「わあ、この子だ」と私が思ったのは1985年版だった。

 周囲のお客さんたちは友人同士(女性)や母娘がほとんどで、おひとりさま男性(結構ご年配)もちらほら。もちろん私のようなおひとりさま女性もいたいた。
 みんなリカちゃんを観て記憶を呼び覚まされるらしく、展覧会にしては珍しく、周囲の会話がよく聞こえる展覧会だった。

「リカちゃんのお友達の〇〇ちゃんを自分の友達の〇ちゃんが持っていてうらやましかったんだよね」 とか
「このドレスが欲しくてねだったけども買ってもらえなかった」とか
「このリカちゃんハウスのベッドが憧れだった」
 とか。

 小学校低学年くらいの女の子が、2代目リカちゃん(ドレス着ている1980年くらいのやつ)を指さして「これがかわいい!」とか言うているのも良い。

 和む。めちゃ和む。
 みんな全然年齢が違うのに、全く異なる昔の話を一緒にできるの楽しいね(いや私は一人で行ったのだけども)。

 今も我が家にある「リカちゃんのおてつだいハウス」もちゃんと展示してあって嬉しい。
 リカちゃんもいっぱい見れて嬉しい。

 というわけでちょっとおすそわけ。「スワロフスキーリカちゃん」と「博多織リカちゃん」
フォトフォト


 リカちゃんは年代それぞれの「憧れの存在」だ。
 素敵な家族がいて、素敵なおうちに住んで、素敵なお友達がいて、素敵なお洋服を着ている。
 あこがれる世界がミニチュアながらも手の届くそこにあって、どれだけ子供たちの夢や遊びや生活を支えたかを考えると、ただただ尊い

 そして50年前から見た目ほっとんど変わっていないのに(身長伸びてるらしいけども)ずっと子供たちに愛され続けているのもすごい。

 何体ものリカちゃん(ホントにあっち向いてもこっち向いてもリカちゃんだった)見て「あれ?」と思ったのは、リカちゃんは他の人形と比べるとちょっと鼻が低くできていることだ。
 これは初代リカちゃんからそうで、多分そういう風に作られたのだと思う。
  初代の監修に少女漫画家の牧美也子さんが入っているのも大きい気がする。

 ほぼパーフェクトなリカちゃん。
 だけどとても近い距離にいてくれるのは、こういうちょっとした欠点があるからではないかなと感じた。
 欠点があっても、欠点があるからこそ、リカちゃんはキュートだし愛されるし何を着ても似合っちゃうのだ。

 リカちゃんは文句なく素敵だ。
 そしてそれはすべての女の子たちに言えることなのだなあ。

 いいもの観た。
 
 そしてお土産コーナーでお若い母娘の会話、
「ねえおかあさんもうあっち行こうよー」
「待って、おかあさんだってもうちょっと観たいの!」

とか、

ご年配の女性が図録を前に
「私これ買うわ」
と迷わずかごにインしてたとことか

 そういうのも良いもの観たと思った。

 ぜひ関係者の方にも見て聞いて欲しいお客さんたちの様子だったなあと思いました。
 

2018年3月、パディントン展にゆく。スキデスパディントン!DVD買ったよ!

 どうしても行きたくて、今口の中が荒れまくっているのに(原因不明の腫れ)これだけのために(遠いけど)行ってきました。

 あれだ…パディントンかわいいよな!(コメント下手)

 パディントン展、愛あふれる展示だった。紳士なクマへの著者の愛もそうだが、本日のお客さんたちも「ああ好きなひとたちが観に来たんだなあ」というかんじ。パディントンは翻訳もいいんだよねー。すきすき。

 過去のイラストレーターの人々のイラストがいっぱいみられるので、そういうのが好きな人たちはぜひ。イラストにも愛があふれている。ほのぼの。すきすき。

 なんか今日は着ぐるみパディントンとの撮影会があってて、
「よかったらいかがですか」と言われ、撮った(撮るんかい)。
 撮ったあとに

 あっ、二人してバンザイして撮ればよかった…!って思ったけども後の祭りだ。
 次何かと撮るときはそうしよう…!


 ポストカードとか図録とかを買いました・・・ほくほく。
 図録は買いだよ!パディントンの某賞受賞時のコメントとか載ってるし、展示されてた4コマも、展示がなかった4コマも載ってるよ!カラーだよ!

 明日は買ったトートバッグに油性スタンプ(6色スタンプ。ダイソー)で色づけチャレンジしてみたい。フフフ。

2018年3月、森田さんの結婚報道について。至極当然の彼らしい選択だと思った。がショックはでかい(それとこれとは別なのだ)。

 今日はですね、お仕事が「特殊業務」で、まあ中身は言えないのですが(守秘義務)8時から13時までほぼカンヅメで仕事していて、遅い昼食時にネットで報道を知る。
 動揺はしたが長野さんのときほどではない。覚悟はしていた。できてはいなかったが。


 まあとりあえずその後仕事中マイ筆記具を落とした。しかもいつもと場所が違う(たまたま特別室)からか、まあ見つからないよね。(仕事に支障がでとる)
 お若いみなさんはモニターに夢中で気づいていなかったけども。

 えーと。


 私はこの人の舞台を何度か観ていて、その時に心の底から
「このひとがひとりぼっちでなければいい」と思ったときがあって、なので、だから
 これでこのひとがひとりぼっちでなく、幸福に笑っていてくれるのならもうそれでいいと思うのです。

 今回はいろんな端々に、メンバーやファンへの気遣いと愛情も感じるしね!
 気持ちは思ったよりも穏やかだ。
 

 その後はまた別の特殊業務で電話をかけまくった(同業者にはわかるあの争奪戦)。終わったの19時。
 帰宅したら、今日の業務と報道を知っているママが

 あんた呪われてるよね今日、的なことを言って疲労が増す。もう今日は疲れた…ねる・・・。

2018年2月、映画「グレイテスト・ショーマン」を見て浮き立っている。スキ。

 もうなんだか延々と続く仕事が嫌になって(こら)、1時間お休みもらって映画観てきました。
グレイテスト・ショーマン

 ずっと気になっていて観に行こうと思っていてでも
 テレビCMであんまり好きでない日本のひとがCMでコメントしてて「えー」てなって
 でも、えいっと観てきました。

 結論、ずっと面白かったしずっと泣きそうだった。
 もう少し長くてもいいと久々に思ったし、これを本当は生のミュージカルで観たいと思った(でも多分予算がアレなことになるので無理か)。
 あの人もこの人も歌って踊って跳んですごく素敵。

「LA・LA・LAND」はずーっとほけーっと観てて最後で、うっとなる(もうどこにあるかも忘れていた昔の古傷をえぐられる感じ)だったのですが、まあそういう映画だったので多分賛否が分かれたろうし感想もすごく人によって割れると思うのだけども、

 今回の映画は伝えたいことがとてもわかりやすいし、ずっと見せ場です!みたいな感じなので「ららら~」がダメだった人もイケるんじゃないだろうか。

 それにしても平日とはいえ映画館に私含めて4人くらいしかいなかったのが「…!」となった。


 面白かったから!おすすめです! 

2018年2月、王羲之展を観に行ってた。

 博物館が今王義之展をやっていて、それで。

 展示物が書だからなのか、あまり人がいなくてとても見やすかった。
 何が書いてあるかはよくわかんないけども、とても美しかった。
 短歌の最後の2行を少し重ねて書いたりとか、文字を散らしたりとか、書画から三行目を察してもらうためにその行だけ抜いてあるとか

 そういうのがもう


 センス!!!

 
 という感じ(絶対伝わってない)
 私は常光院(お市の方の次女で淀君の妹、江姫の姉。お初)の書状が好きだった。
あれ、色を変換してスカーフにしたい。売ってください(無理)

 
 となりの神社の方は一転、人が多くて。海外の方々と修学旅行生がわんさかいる…と思いつつ梅が枝餅(土産の定番)を買っていたら後ろから
 「あれっ?!しむらさん?」

 と声をかけられ…ええと知り合いの先生(引率仕事中)と会いました。世間って狭いね怖いね…ぶるぶる。
 

 今年の冬のあまりの寒さに梅はまだ咲いていませんでした。梅園の梅の香をちょっと楽しみにしていたのに早すぎた。まあまた次に。

2018年1月、映画「パディントン2」を観ていた。私はパディントンが好きだ。

 なんだろうな、全然泣くような映画でないのに、すでにオープニングエピソードで泣いている私。
 ちょいちょいストーリー内にはさまれてる台詞とか、シーンとかの裏にあるものとか、社会情勢とかを思って、1のときと同様、すごく優しい映画だということが伝わってきて、なんというか胸がいっぱいになるんだよ。

 パディントンを助けるときの、ルーシーおばさんやブラウン夫人のためらいのなさに胸を打たれる。
 パディントンやブラウン夫人の、すべての人へ向けられる優しさとそのふるまいにも胸を打たれる。

 こういう風でありたい。

 そういう映画製作者の気持ちがすごくすごく伝わる映画だと思う。
 原作もいいけど、映画もいいぞ。
 観て欲しい映画だった。